当ブログで書いていること

当ブログでは、私(localYouser:ろーかる、ろーかるゆーざーと呼んでもらえれば)が、日々趣味として行っているサーバ・ストレージ・ネットワーク作業を通じて「コレは覚えとかないといけないかも」と思ったことをメモとしてまとめています。

元来私自身、「裏付けができてないと前に進めない人」であり、具体的に操作方法・アーキテクチャを理解しないと確証を持って話せない一面があったことから、検証作業を趣味的に行っていました。

しかし、記憶力が劣っており、すぐ内容を忘れてしまってノウハウが定着しなかったことから、形に残るものとしてブログにまとめ始めたのがきっかけです。

それまでは、単なる日常をブログには書いていましたが、2009年から技術的な内容が増えました。
しかし、2019年6月に自宅環境に障害が発生し、データ復旧ができなくなってしまったことからブログを一度再建しています。その過程で技術記事の内容を一部復活させることは出来ましたが、色んなことがその時点で起きていたことから、少しブログ記事の傾向を変えようと考えている所です。

ブログ主概要

localYouser(ろーかるゆーざ)

九州在住のIT系インフラエンジニア。41歳。
元々はオンプレミスWindows環境構築をメインとしていたが、九州Uターン後にネットワーク、ストレージ、ハイパーバイザーを中心に触れてゆき、ここ数年はパブリッククラウド(Azure/AWS)にも触れていくことになる。
技術初物率が非常に高いため、常に技術を追いかけ続けてる状況が続いており、覚えてもすぐ忘れることからこのブログを立てて備忘録として残している。

ブログ主経歴

子供時代

1985年、父がクリスマスプレゼントに買ってくれたMSXパソコン(Casio MX10)にて初めてパソコンなるものに触れる。
そして1989年、伯父が不要と言うことで譲ってくれたFujitsu Micro 8(FM-8)を用いてBASICプログラムに触れ始める。当時はテキストベースのゲームを作ったり、自動テープロードランチャなどを書きながら雑誌などに掲載されていたプログラムを移植して遊んでいた。

その後、PASOPIA-IQやSANYO WAVY25FDD等でゲームをしたりBASICを打ち込んだりして遊んだりした。この頃触れていたハードは以下のような感じ。

  • PASOPIA-IQ
    東芝のMSXパソコン。メモリが当時の規格で最大容量の64KBを搭載していた。
  • WAVY25-FD
    三洋電機のMSX2パソコン。2DDフロッピードライブを搭載していて、これを用いて初めてDOSと言うものを知る。
  • FM-TOWNSⅡUX-20
    富士通の独自パソコン。32bitプロセッサを搭載したステキな機種だったが、買ったときには既にNECとの競争に負けて衰退しており、開発キット類が全くなくて詰んだ。
  • Dynabook SS-001
    東芝製のラップトップパソコン。中古でやすく転がってたので購入。今では懐かしいSASI HDDが5MB程搭載されており、その中に入ってた一太郎やLotus-123等を使ってツールの使い方などを学ぶことが出来た。高校時代に購入したもので、最終的にはパソコン好きな後輩に払い下げた。
1997年-2003年

私立大学全落ちという憂き目にあいながらも、奇跡的にセンター試験の点数がよく、これにより運よく大学生になる。
佐賀県の某大学にて情報科学を学ぶ。前半二年は遊びまくった結果取得単位が13単位という驚愕の状況に陥り、3年次よりまじめに勉強を始め、2年遅れで学士卒となる。

3年次頃に友人からお下がりしてもらったパソコンを使って、レトロではなくまともなDOS/Vパソコンを作ったのをきっかけにして、Linux/UNIX(FreeBSD)を扱い始める。いきなりゼロベースでC言語を独学で学んで3年で習得する単位をゲットした後は芋づる式に単位を撮りまくるというある意味チートな学び方を採用していた。

2003年-2011年

関東にある某企業の子会社に就職し、親会社常駐の下でWindowsソリューションを中心に対応する。最初の二年間は右も左もわからないまま厳しい先輩諸氏のアツい指導を受けながら3年目でようやくまともに仕事ができるようになる。

その後、旧VERITAS製品であるBackupExecに関してだいぶ専門的に覚え、Windowsバックアップシステムの設計・構築を中心に調子に乗るようになっていく。2008年ごろからは仮想基盤(VMware)やSANストレージに触れるようにもなる。2009年ごろからはネットワークにも手を出し始め、その知識をもとに全体設計することも少しずつできるようになる。

自宅にエンタープライズ機器を設置するようになったのはこのころで、簡易検証と技術情報の裏付けを持ってプロジェクトを推進するという堅実な行いの源流はここにある。

だが、家庭の事情により2011年末に所属会社を退社、Uターンすることに。

2012年

地場IT企業に就職する。ネットワーク設計・構築を中心に対応する。
大規模かつ独特な公共ネットワークに触れる貴重な機会が多く存在していた。
体力的な問題により2013年2月末で退社。

2013年-2017年

現職に転職。なぜかストレージプロフェッショナルと誤認され、ない知識を振り絞ってストレージ案件に携わるようになる。気分はいつだって初学者。がむしゃらに頑張ることで、ストレージエンジニアとしてそれなりの立ち位置に立つことができた。

が、色々な事情があって2017年頭ごろに体調を崩ししばらく休むことに。(およそ8か月)
休職期間中は所得が減るということもあり、様々な自宅環境コスト削減策を講じる中で、IPIPトンネルやGREトンネルの張り方、BGP/BGP+の扱いについて独学で学ぶ。これのおかげでクラウド間接続で必要となるBGPの扱いについて学ぶことができた。

その他、CDNなどのWebインフラにおけるパフォーマンス増強方法についても学び、知識量は大きく増える感じになった。

2018年-

仕事に復帰するも、体調に異常を感じて病院に通ったところ、難病を患っていることを知る。この時から定期的に入退院を繰り返すようになる。難病の中でもかなりレアケースな病態らしく、現状これを改善することが難しい状況にはある。

仕事自体はできることをやれる限りやるというスタンスのもと、クラウドプロキシー及びAzureを中心に設計・構築等を対応。管理職的な業務には身体的に耐えられないと判断して、完全な技術屋方向にキャリアプランの舵を切っている。

保有資格など

その他の趣味

サーバ構築だけが私の趣味ではなく、他にもこんな趣味があります。

  • ドライブ
    • 学生時代から車好きで、車で色々な所を旅することが大好きです。
  • 読書(小説)
    • 基本的にSF/戦争/ファンタジーものが大好きで、以下のような本をよく読みます。
      • 銀河英雄伝説(田中芳樹)
      • 終戦のローレライ(福井晴敏)
      • デルフィニア戦記(茅田砂胡)
      • スカーレット・ウィザード(茅田砂胡)
  • 映画鑑賞
    • 妻のおすすめで見るものが多いですが、9年ぐらい前まではよく見に行ってました。
    • 最近は仕事上の制約とかがあったりして、更に今でもそれが染み付いているのか、なかなか見に行くことが出来ていません。

ベンダー資格について、取得した資格ロゴを並べてみました。大半がOSプラットフォーム系のものばかりです。

いろいろ抱えているもの

40代間近になったところで、無理がたたってしまい、心身にちょっとした問題が発生しています。問題と向き合いながら、少しずつではありますが、出来ることを増やしながら人生を歩んでいます。

これらについても2018年から徐々に「闘病日記」として書き連ねるようになりました。もし、同様の疾患をお持ちの方がいらっしゃいましたら、書いてる内容がなにかの参考になりますと幸いです。

  • 注意欠陥・多動性障害(ADHD)
    • 2017年(39歳)のときに発覚しました。
    • 休息をとろうとしてもそれがうまく取れない精神構造があり、追究したところ当該特性が発覚しました。
    • 主症状としては落ち着きの無さ、多弁が挙げられます。
    • 現在お薬を服用しながら、落ち着きや冷静さを保つよう心掛けています。
  • 自閉症スペクトラム(ASD)
    • 2017年(39歳)のときに発覚しました。
    • ADHD診断後に当てはまらない特性について調べたところ、当該特性が発覚しました。
    • 主症状としては、責任感の認識相違、依存体質、物ごとのパターン化にこだわる等が挙げられます。
    • 昔は感情的な発火が良く発生し、鬼軍曹みたいなイメージがつきましたが、少しずつ仏になりつつあります。
  • 重症筋無力症(MG)
    • 2018年(39歳)のときに発覚しました。
    • 夕方から夜にかけて全身脱力が発生したり、疲労困憊になるケースが多く、詳細診断を受けたところ発覚しました。
    • 主症状としては、易疲労性、全身の脱力、姿勢維持困難、歩行困難等が挙げられます。
    • 日内変動が激しく(回復したり増悪したりのギャップが激しい)、精神的な疾患と間違えられやすいのが特徴です。
    • 私自身歩行困難であるため、日常の行動には杖が欠かせません。